――結局、シュエリをさらおうとした二人組の素性は知れなかった。
スラン達はそれなりに忠義心が厚かったらしく、尋問に口を割ることはなかったのだ。
大方、テオの威光の失墜を狙う政敵あたりが仕掛けた罠だろうということで決着がつき、彼らの処分はテオに一任されることとなった。
極刑は免れるかも知れないが、追放か塀入りか、どんな刑が執行されるのかはシュエリの預かり知らぬところである。
その日の晩。シュエリ、グレミオ、そしてハクヤの一同が会するマクドール家の温かな夕食の席で。
「ハクヤとは遠征からの帰路で出会ったのだよ。剣と酒を交えてな、中々に骨のある若者だったから、思わず連れ帰ってしまった」
テオは笑ってシュエリにそう告げた。
元々身分の別を気にする性格で無い父は、まれに戦災孤児などを拾ってきて世話してやることがあったが、恐らく今回もそのノリだったらしい。
「どうだ? ハクヤのことは気に入ったか?」
「・・・・・・・・・」
自分だけカヤの外に置かれていた状況を振り返り、シュエリはじっとりとした視線を父に返した。
しかし、まあ、気に入ってしまっていたことも真実だった。実に、グレミオ以来の快挙である。
だが、その感想を正直に伝えるのはあまり面白くなかった。
「路銀が無いと言うから、しばらくうちで働くか? と持ちかけてな。グレミオも護衛があと一人欲しいと言っていたことだし」
「じゃあ、一緒に帰ってきてぼくに紹介してくれたら良かったじゃないか」
腑に落ちない、といった風情のシュエリに、グレミオは申し分けなさそうに一礼すると、
「すみませんでした、坊ちゃん。
彼に坊ちゃんの護衛を依頼するにあたって・・・その・・・人見知りの激しい坊ちゃんのお目がねにかなうかが心配で。数日間、まず私だけが彼と接してみて様子を見ようと思ったんです。
勿論、大切な坊ちゃんをお任せするに値する人物か、見極めることも重要な要因でしたが」
と、たたみかけるように説明した。
そして、再度、深々と頭を下げた。
グレミオに謝られると弱いシュエリである。
何となくきまりが悪くなって押し黙ると、今度はテオがハクヤに問いかけた。
「君の方はどうかね。私の息子についての感想は?」
グレミオの作ったクリームシチューに舌鼓を打っていたハクヤは、
「そうだな・・・。シュエリがおたくに似てなくて良かったよ、将軍さん」
「は、ハクヤさん!!」
不遜な物言いにグレミオがたしなめたが、当のテオは愉快そうに笑っただけだった。
「だって、こんな厳めしい面構えのがきだったら、守る気も失せちまうだろ?」
「テオ様みたいな顔の坊ちゃんなんて、想像したくもありません!!」
思わず口に出してしまってから、グレミオは真っ赤になった。
「おい、酷い言い草だな」
呆れるテオに、またも平伏するグレミオ。今夜は謝ってばかりである。
そんなやり取りを見て、思わずシュエリは吹き出してしまった。
くすくすと笑う少年を見て、テオもグレミオも、ハクヤが新しい護衛に選ばれたことを知った。
「――ま、そういうことだ。しばらくの間よろしくな、坊主」
言いながら、ちゃっかりシチューのお代わりをねだるハクヤであった。
数日後。
「ハクヤ、見て!」
ウキウキとハクヤの部屋に駆け込んできたシュエリが彼に見せたものは、美しい黒作りの棍であった。
「お? お前の獲物か?」
「うん!」
ハクヤのものより少し小振りで細く、幼いシュエリには扱いやすそうなあつらえだった。
「ぼく、まだ主武具を決めてなかったから、これにしようって思って。ほんとは、ハクヤのと同じ赤銅が良かったんだけど・・・」
「あれは重いからな。それに、黒の方がお前に似あう」
「ほんと!?」
「ああ。こう見えても、ものを見る目にはいささか自信があるんだぜ」
ハクヤは蓬のバンダナがまかれたシュエリの頭をぽんと叩くと、
「強くなったら手合わせしてやるよ」
「約束だよ!」
ハクヤは満面の笑みを浮かべたシュエリを、目よりも高く抱き上げた。
−了−
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