「非常に恐ろしい報告をしなきゃなんねえんだがな、親分さん」
大亀の洞窟――元・海賊達の宝物倉――から、妙に焼き魚の香ばしいような香りを漂わせて出てきたハクヤは、神妙な面持ちでジグドに切り出した。
「なんだ? どうしたい」
盗賊の傍らに控えるシュエリも、普段は滅多に人前で表情を変えないのだが、今回ばかりは落ち込んだような気の毒なような、何ともいえない微妙な表情をしていた。
「あんた方のお宝、間違いなくあの洞窟の中に隠しておいたんだよな?」
「・・・間違い無い」
サージェが淡々と応じた。
「うん――」
ハクヤが少し遠い目をしたようだった。
「世の中には色々な魔物がいるって話でね」
「だから、なんだ! 勿体つけてねえで、はっきり言え!」
ジグドが先を促す。
「いや、あの亀さんな、几帳面な奴らしくて・・・自分の巣を綺麗に掃除してたんだ」
「・・・・・・は?」
ハクヤもシュエリも知らなかった岩亀の性癖。
清潔な場所での産卵を好むため、巣の中のゴミを全て海に捨てるという・・・・・・。
「・・・まさか、お宝、全部・・・?」
ワナワナと震えるジグドに、ハクヤは妙にあっけらかんとした声で、
「パァ、でした!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
あまりのことに雄叫ぶジグド。
「・・・統領、気を確かに」
「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉおう!!」
(ショックのあまり、叫びが回文だ)
ポソリと心の中でつっ込むシュエリ。
そのまま凄まじい勢いで洞窟の方へ走っていき、数分の間、どかどかという足音を立てながらジグドは洞窟内をウロウロとしていたようだが、やがて憔悴しきった面持ちで帰ってきた。
「・・・すみません、私が他所での宝の管理を薦めたばかりに」
「ああ、いや、おめえのせいじゃねえよ。俺だって同意したんだからな。しかし、子分達、がっかりするだろうなぁ」
見えぬ月を仰ぎ、盛大に溜め息をつく。
「俺らの稼ぎはみぃんな海の中か。鱗の天使様が持って行っちまったって訳だな」
「鱗の天使?」
シュエリが聞き咎める。
「・・・海で死んだ者を導く女神だ。この辺りで信仰されている。上半身が人、下半身が魚――いわゆる人魚だ」
「ああ――じゃ、俺達が欲しかった宝も、その鱗の天使とやらが持っていったって訳か」
ハクヤにしては珍しく、残念そうな表情を見せた。
「一体、おめえたちが欲しかった宝ってのは何だい?」
ジグドが、幾分か浮上しつつある声色で尋ねた。
「あんたらには正式な報酬を支払えなくて申し訳ないが――何か代わりになる物なら用意できるかも知れねえ。船にはまだ、昨日の戦利品が残ってるし、砦の方にも幾ばくかの蓄えがあるからな」
「・・・ありがとう。でも、こればかりは――元々、あなた達が確実に持っているっていう確証もなかったんだ。ただ、この海域に伝わる伝説だから、もしかしたら何かの手がかりがあるかもって思っただけで・・・」
そう言ってシュエリは穏やかに笑った。
自分も目当てのものが無く落ち込んでいるはずだが、自分の落胆はさておき、とりあえず社交上は平静に応じられてしまう点が、彼が解放軍軍主たりえた器の証明である。
もっとも、ハクヤに言わせると「俺にだけは、もっと感情を出せよ」ということになり、最近はかなり表情豊かになってきたシュエリなのだが。
「・・・人間の、生死にまつわる呪文が伝えられてるって聞いたんだ。それが、呪文書なのか宝石なのか、はたまた石碑なのか、どんな形で伝わっているのかは知らないけれど・・・。古くからのものだから、神殿か、このあたりを根城にする海賊・盗賊あたりが所持している可能性が高くて・・・」
神殿の方は一通りあたってみたんだけど、とシュエリは付け加えた。
ジグドは顎に手をやって、
「あいにく、聞いたことがねえな。まあ俺達、頭の方はお世辞にも良くねえから魔法なんて縁がねえけど――。サージェはどうだ?」
銀髪の青年も首をかしげた。
「・・・私は他所から流れてきた者だから、この辺りには詳しくないが・・・生死というからにはやはり、先ほど触れた鱗の天使の伝説が一番有名だろう」
「どんな伝説?」
サージェは竪琴をかき鳴らす吟遊詩人のように厳かに告げた。
――全てのものは海から生まれ、海へ還る。
「・・・そういう、伝説だ。私たちが海から生まれたことなど、信じがたいがな」
「こらこら、女神様の教えを馬鹿にすんじゃねえよ」
淡々としたサージェの批評を、ジグドが制した。
そういえば、海賊船の船腹に人魚が描かれていたことにハクヤは思い当たった。女神というよりは妙に肉感的で、酒場の女主人といった風情であったが、この統領もそれなりにゲンを担いでいるのかも知れない。
ハクヤは伏し目がちのシュエリの頭をポンと叩くと、
「ま、肩すかしを食らうのは毎度のことだ。また別の手がかりを探せばいいさ」
「ハクヤ・・・ごめん」
またも謝罪するシュエリの肩を、その必要はないという意味を込めてハクヤはそっと抱いた。
大潮が終わる。
東から白む空に照らされて、ぐんぐんと水位の下がる碧玉の水面。小島はこうしてまたも閉ざされるのだ。
せめて海賊船で希望の港まで送るというジグドの申し出を受けて、ハクヤとシュエリは南下を依頼した。大きな商業都市があるため、またそこで情報を集めようという考えである。
「生死にまつわる呪文なんか集めて、どうしようってんだい?」
悪意のないジグドの問いだったが、シュエリは淋しそうに笑った。
「ちょっとね・・・ある呪いが解けたらいいなって」
外見の年齢に不相応な陰りのあるシュエリの眼差しを見て、それ以上、ジグドも問おうとはしなかった。
港で下船し、いよいよ別れようというとき、寡黙なサージェも珍しく激励してくれた。
「・・・私で出来ることなら相談に乗ろう・・・機会があれば訪ねて来るといい」
ありがとう、とシュエリは微笑した。
能面のサージェの微かにほころんだ口元を見て、ハクヤはにやりとしたが、何も言わなかった。
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