‡ 鱗の天使 ‡

4・重なる浪達












「カマライラブが侵入してきただと!?」


 ジグド達の戦果は上々だった。
 海賊達に負傷者は出たものの死者は一人もおらず、商船の積み荷も予想以上に多かったのである。
 勿論、海賊達が圧倒的に有利になったのにはハクヤの卓越した棍技があったことも理由の一つだったし、逆に、獲物にもなるべく死者を出さずに働きかけるジグドの海賊ぶりを見て、ハクヤが彼を見直す機会を得たのは嬉しい誤算だった。
 そんな訳で意気揚々と凱旋してきた海賊船を砦で受け入れたのは、警備の舎弟一人の死と、海蛇の屍体であった。


「二階の小部屋からです。迂闊でした。初夏は産卵の時期なのに――」
 海を生息地とするカマライラブは、亀と同じで産卵のみ陸で行う。日差しを避けての出産を好むため、海際の漁師の家などに希に侵入することは有名だった。
 それにしても、まさか自分達の砦に入って来るとは。
 死んでしまった一人の哀れな海賊を埋葬した後で、皆を大広間に集め、ジグドはサージェから事の成り行きを聞いていた。
 サージェの傍らで憔悴しきった表情をしているシュエリに、ハクヤは声をかけたくて仕方なかったが、今しばらくは辛抱せねばならない。
「で、誰がどうやって倒したんだ」
 ジグドの苦々しい声色に平伏して、サージェが答えた。
「私が」
「奴の屍体に刀傷はなかったがな」
 銀髪の青年が伏し目がちに応じた。
「それは・・・魔法で止どめを刺したからです。残念ながら、刀は鱗に阻まれましたから」
「お前が?」
「はい」
 剣技は一流でも、さほど魔力の高くないサージェにそんな芸当が出来るものか?
 ジグドは訝しんだが、それ以上は追求しなかった。
「・・・まあいい。今日は皆疲れているはずだからな。死んじまったあいつを悼んで、皆で酒でも飲むとしよう」
 重苦しい空気のまま、夕食のときを迎えることになった。











 結局、ハクヤがシュエリと接触を持てたのは就寝前だった。
 海蛇の侵入口という嬉しくもない称号を頂いてしまった小部屋に戻り、濡れたシーツを新しいものに取り替えていたシュエリは、帰室したハクヤを見るなり悲痛な声をあげた。
「ごめん! ごめんなさい!!」
 突然の謝罪に、ハクヤは驚いてシュエリの肩を両手で抱いた。
 穏やかに先を促す。
「お前が謝るべきかどうかは、俺が事情を聞いてから判断するから。不必要に謝罪しなくていい」
「でも、謝りたい」
 ハクヤは困ったように微笑して、シュエリを抱き寄せた。
「あのな、大抵お前が謝りたいときって、お前に非は無いのな。俺が謝って欲しいなーって思うときほど、お前って謝らないのな」
 申し訳なさに少し白くなった顔を上げて、シュエリが尋ねた。
「・・・謝って欲しいときって、どんな」
「そりゃ、中々夜の相手してくれないときとか」
「ば・・・ッ」
 青年の軽口に思わず緊張がゆるんだ少年は、不覚にも少々潤んでしまった瞳を隠すように、ハクヤの胸元に顔を埋めて言葉を続けた。


「・・・ああ、やっぱり死神さんのお世話になっちまってたか」
「うん・・・。せっかくハクヤに海賊の仲間になるなんて茶番までしてもらってここまで来たのに。僕のために苦労してもらってるのに、僕のせいでぶち壊すことになって・・・」
 うつむいたシュエリを寝台に座らせ、その隣りにハクヤも腰を降ろして、か細く綴られる懺悔に耳を傾けていた。
「だが、別にぶち壊しってことじゃねえだろ。広間の様子じゃ、サージェはお前がソウルイーターを持ってるってことは内緒にしてくれるみたいだし。
 事を荒立てたくないからこそ、その紋章を隠しているだけで、完全な秘密って訳じゃねえんだから。
 逆に、あの兄ちゃんを見殺しにしてたら、許せねえけどな」
 まだ反論しそうな雰囲気のシュエリを遮って、「それに」とハクヤは先を続けた。
「俺は、俺のためにここまで来って思ってる。お前のためだけじゃない。それは、この旅を始める前に散々言っただろ?」
「・・・・・・そうだけど・・・でも・・・」
 ますます俯いてシュエリはつぶやいた。
「海蛇倒すのだって、僕がもう少しうまく立ち回ったらとか・・・僕がハクヤだったら、もっと別の方法を見つけたんじゃないかとか・・・」
 ハクヤはポン、と手を打って
「あ、それはそうだな」
「ハクヤ・・・っ」
 シュエリは悲痛な声を上げた。
「けどまあ、お前は自分にできる最善の方法を取っただけだ。それでいいじゃねえか」
「・・・・・・」
 まだ納得が行かない様子のシュエリをそっと抱き寄せて、ハクヤは生真面目な声で言った。
「そんなに反省したいなら、俺に誠意を見せてくれよ」
「ん・・・・・・どうすればいい・・・?」
 沈んだ面差しで見上げてきた少年に、盗賊はおどけた様子で応じた。
「たまには、お前からキスしてくれるとか」
 少年は、途端にじっとりとした眼差しで青年を睨み、
「・・・あのね・・・僕は真面目に・・・っ」
「俺も大真面目。これで結構、何でも許せてしまえるようになるってこと、お前もそろそろ覚えろ」
「そんな卑怯な技、生涯いらない!」
 眉をつり上げた少年の言葉を堂々と無視して、ハクヤは自分の唇を指差した。
「ココ。ココな?」
 そのまま、子供のようにワクワクとした表情で目を閉じる。
「・・・バカ・・・」
 頬を赤らめて困ったように、それでも少しずつ鼓動を高鳴らせて、シュエリはハクヤに自分の唇を近づけた。
 ハクヤの吐息を間近に感じ取り、若く逞しい口元にそっと触れようとしたそのとき。
「夜分、邪魔するぜ」
 いきなりノックもせず、ジグドが入ってきた。
「!」
「ちょいと、相談事があってな」
 大慌てでハクヤから離れようとしたシュエリだったが、逆にハクヤがグイと引き寄せ抱きすくめた。
「ちょ・・・ッ」
「お楽しみを邪魔した罪は大きいぜ?」
 盗賊の青年は不敵に笑って海賊の統領を見上げた。







                                       −続く−



 不必要にイチャイチャが長いのは、裏だからだと思ってやって下さい・・・(ちーん)。いや、だって、いちゃいちゃ書いてると楽しくて止まらないんです・・・


†かさなるなみたち
BACK‡ ‡NEXT‡ ―― ‡Novel List