† 煌紅の旋律 −中編−





 道化師の月があざけるように見下ろす白い森を、夜の住人の如く駆け抜ける盗賊が二人。
「この森を抜けたらリンドブルムだ。とっととボスに戦利品を渡して、こんな得体の知れない仕事(ヤマ)は早く切り上げたいぜ」
 ブランクは、そう嘯(うそぶ)きながら、傍らの相棒を顧みた。
 心なしか、駆けるジタンの足音が、不安定な旋律を吟じていたから。
「う〜ん・・・、悪いなブランク・・・ちょっと森の妖精さんに捕らえられたみたいだ・・・」
 声色だけはしっかりしていたが、次の瞬間、夜闇に躯をゆるゆると縛られたかのように、静かにジタンが崩れ落ちた。


「ジタン!?」
 ブランクは慌てて相棒に駆け寄ると、倒れたジタンを左腕でゆっくり抱き起こした。
 右手は見えぬ敵の来襲に備え、念のため背中の長剣の柄に添えられている。
 乱れ気味の吐息の下から、ジタンが気丈にブランクを見上げて言った。
「ドライアド(森に入った旅人を誘惑して捕らえる木々の精霊)もオレの魅力に気づいちまったんだな・・・モテる男は辛いぜ・・・」
「貴様の寝言は聞き飽きた。おおかた、不用意にトランスしたからだろう」
 だが、ブランクは気づいていた。
 ジタンはよくトランスによる体力低下で倒れることがあるが、今のこの状態は、明らかにそれとは様子が異なっていることを。
 とっさに相棒を安心させようと無意識に紡いだ嘘は、ブランクの不器用な愛情の表れだった。


 慎重に周囲を伺い、敵の気配は無さそうだと確信したブランクは、多少なりと柔らかな下草の生えている場所を選んで、静かにジタンの身体を横たえた。
 弱々しく自分を見上げるジタンの瞳を覗き込んで、ブランクは背筋に戦慄を走らせた。
 ジタンの瞳に、ほのかな紅い光が宿って震えている。
(――トランスの前兆!?)
 なぜだ? 戦闘中でもないのに! それに、トランスは多くとも三日に一度が限度だったはずだ。
「さっきから・・・いや、この宝石を盗みだしたときから、妙にふわふわした感じでさ・・・。レビテトでも付与された魔石なのかな、なんて思ってたんだけど・・・」
 ジタンは、先程、古代遺跡から盗み出した翡翠色の宝珠を示した。
 ジタンの荷袋から宝珠を取り出すと、翡翠色の光が艶やかに辺りに満ちた。
「光ってる・・・。いや、魔力が強くなってるぜ・・・」
「ブ、ブランク・・・早くしまってくれ・・・っ。何だか余計に身体がふわふわしてく感じがする・・・!」
 慌てて荷袋に宝珠を片づける。
 一体どうしたことかと案じながら、ブランクは自分の手袋を外して、熱の有無を確かめようとジタンの額に軽く触れた。
「あ・・・あっ!」
 かくり、とジタンの身体が震えて跳ねた。
 ブランクもジタンも、両者とも今のこの反応に驚いて、大きく眼を見開き、互いを見た。
「な、何だ今の・・・オレ・・・」
 一瞬、呆けた後。
 ブランクが、妙に真面目な顔つきで、ジタンを正面から見据えて尋ねた。
「・・・・・・か、考えたくは無いが・・・・・・オマエ・・・・・・・・・・・・感じ・・・た・・・?」
「はあ? バ・・・ッ、それこそ何、寝言、言ってんだ!」
「だけどよ・・・」
 試しにブランクは、今度はジタンの頬に指を滑らせた。
「や・・・あ・・・っ!」
 先程より声が切ない。急所のようだ。いや、そうじゃなくって!
「はは・・・なるほどね・・・」


 ブランクは、この宝石の持つ意味が分かった。
 そして、なぜタルミナ小国の若きエインヘル王が、この宝珠を欲したかも。
 つまりは、こうだ。
 辺境に位置し国力のないタルミナとしては、ようやく国交の樹立した強国アレクサンドリアとのつながりを、より強固なものにして、自国の安定を図りたい。
 それには、どのような方法があるか。
 アレクサンドリアを攻め滅ぼし、併合すれば最も安泰だが、軍備の追いつかないタルミナには、それは雲をつかむような話だ。
 それならば、アレクサンドリアから人質を差し出させるのはどうだろう。
 百合の美姫と謳われる、ガーネット・ティル・アレクサンドロス十七世。
 彼女を人質、もとい花嫁として召し抱えることができれば、タルミナとアレクサンドリアのつながりは不動のものとなる。
 あわよくば、両国の広大な領地を、一手にその支配下に治めるのも夢ではなくなるのだ。
 ガーネット王女は、その清楚な容姿に見合わぬ、芯の強い姫君だという。
 政略結婚を甘んじて受けるタイプではないだろう。
 ならば、かえって好都合。タルミナ領主に対し、恋焦がれて頂けば良いのだ。
 エインヘルは、ジタン達が入手した翡翠色の宝珠が、それを身につけた者に「惚れ薬」としての効果があることを知っていた。
 あの小悪党は二週間後の歓迎式典で、貢ぎ物としてこの宝石をガーネットに捧げるつもりだったに違いない。


「胸くそ悪いタヌキだな。宝石探索に正規兵を動員できなかったはずだ」
 ブランクは面白くも無さそうに、浅はかな奸計の片棒を担がされたことを認めた。
「惚れ薬・・・って言うよりは・・・媚薬って感じなんだけどさ・・・」
 少々熱に潤んだ瞳でブランクを見返し、ジタンは自らの躯を駆け辺ぐる甘やかな旋律を、嫌々ながらも認知した。
「さて・・・と。どうするよジタン。そのまま躯の火照(ほて)りが治まるまで待つってんなら、不本意だが、ここで魔物ども相手に不寝番をしてやるぜ。その調子じゃ戦えねえだろ」
「オレとしても・・・それがいいんだけどさ・・・。オレ達が夜明けまでに帰らないと、タンタラスの奴らが探しに来ると思うんだ・・・。
 あ、あんまり、こんな格好、見られたくないかも・・・」
「だったら、とっとと一人で処理しやがれ。俺はあっち向いてるから」
 くるりとブランクは、ジタンと逆の方向に座りなおしたが。
「で、できるわけないだろ! いくら、そっぽ向かれてても、他人のいるそばでなんて・・・!」
 ジタンが悲痛な叫びをあげた。
「プロ意識の無え奴だな」
「盗賊として命は捨てても、羞恥心と、人としての誇りは捨てたくないぜ!!」
「甘えた綺麗事抜かしてんじゃねえよ、二者択一だろうがよ!」
 半ば呆れて振り返ったブランクは、羞恥心と困惑で瞳を潤ませているジタンと眼があった。
 その瞳には、寄せては返す波のように、ちらちらとほのかに誘う赫い輝きがうっすらと差していた。
 宝珠の魔力によって躯が高揚したため、トランス直前の刹那の兆しが、ジタンの瞳に表れていたのである。
 ――そう、ブランクを魅了した、煌紅の獣のあの眼だった。


 吸い寄せられるようにブランクは、ジタンを引き倒して腹の下に組み敷いた。
「ブ、ブランク・・・?」
 とっさに相棒の行動が理解できず、ジタンは大きな目をさらに大きく見開いて戸惑いを返した。
 己を見上げるジタンの澄みきった視線に、ブランクは辛そうな眼差しを返したが、それも一瞬。
「・・・だから、言ったんだ。俺のそばで、むやみにトランスするなってな・・・!」
 噛みつくように、ブランクはジタンの唇を塞いだ。
 孤高の狼がようやく出逢った至上の獲物を貪るように――。



                                           −続く−



今回で終わらせようと思っていたのに、続いてしまいました〜(^^;
次回、完結します。
ええと・・・変なところで終わっちゃってますが、
そんなわけで、次回はヤっちゃってるシーンからです(オイオイ(^^;)
続きは早めにアップします〜(^^)



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