「ん・・・・・・」 舌を入れるでもない、ただきつく触れるだけの若いキスを、どれほどの時間されていたのだろうか。 ブランクの唇は、その引き締まった肉体と同様、力強くジタンを包み込んだ。 「・・・は・・・」 ようやく解放されたときには、あまりに予想外の事態に思考が白くなっていたが、窮地に追い込まれたときの自己回復力はタンタラスで鍛えられている。 ジタンは呼吸もそこそこに、無体をしいた相棒に噛みついた。 「な・・・何のつもりだよブランク! コンフュ喰らったなんて見え透いた嘘は承知しねえぞ!?」 「・・・そりゃ・・・相棒として、てめえの躯の火照(ほて)りを治療してやろうとだな・・・」 泳ぐ視線。 「嘘だっ! い、今、眼が本気だったぞ!? 絶対、本気だった!!」 「コンフュよりはマシな言い訳だろうがよ」 言いながらブランクは己の右手を、ジタンの肌着の内側に下から差し入れ、その滑らかな白い肌の感触を味わうように撫で上げていった。 「あ・・・ぁ・・・っ」 愛撫とも言いがたい、ただそれだけの幼い行為なのに、ジタンの背筋にはぞくぞくと甘やかな電流が駆け上がり、その腰が夜に魅せられた少女のように慎ましく小さく震えた。 「ま、待て・・・ブランクっ・・・! 今は宝珠のせいで妙に敏感になってるんだっ、こんな状態でされたら、オレ、壊れるっっ!」 「その敏感になっちまってる躯を何とか冷やさないと、タンタラスに帰れねえんだろ? いいから、じっとしてやがれ」 「できるか――ッ!!」 ブランクとは今まで何度も取っ組み合いの喧嘩をした。たとえ、のしかかられたとしてもすぐに跳ねのけられたのに、今、自分を組み敷いているブランクの身体は何と雄々しく重々しいことか。 「ほ、本気かよ・・・」 ジタンは己の血の気が一斉に引く音を(それも恐らく轟音を)、はっきりと聞いた気がした。 ブランクは自分のことが好きなのか? 相棒として、他のタンタラスのメンバーよりは、ひいき目に見てもらえてるとは思っていたが、相棒の枠を越えての関係を持ちたいと思うほどに、自分に惹かれてくれてるのか? 「恋」か。 それとも、恋なんて単語で表しきれるほど温いものじゃない想い? なにせオレ達は盗賊で――お宝の前に死を共にする相棒で戦友だ。ベッドで睦言を交わすより、一緒に財宝求めて罠くぐったり、迷宮さまよったりしてる方が、絶対、遥かに快感だろ――少なくともカタブツのブランクは。 いや、それも含めての――恋よりもっと深い、多重の関係・・・・・・? たとえそうでも、相棒に必要以上に惚れ込むなんてこと、盗賊としての判断力が鈍る原因にならないか? それは死のリスクにつながるというのに。 ブランクってもっと、合理的な奴じゃなかったっけ? いや、合理主義の塊みたいな(あくまでオレと比べればだが)ブランクが、己の信念を曲げてまでオレを求めてくれるというなら、それって光栄なことだよな? ・・・などと、とりとめもないことを考えていた、瞬き二、三度の間に、ブランクの不埒な手はもうジタンのズボンに伸びていた。 「ちょ・・・ちょっと待て・・・一応、きいておいていいか?」 「何だ」 ジタンは一呼吸して、波立つ心を落ち着かせて言った。 「オマエってさ、その・・・本気でオレのこと好きなわけ? 相棒として、『処理』を手伝ってくれてるだけじゃなく?」 ブランクは、少し驚いたように、逸るその手を止めた。 「そんな愚問、てめえだったら、『誰かを抱くのに、理由がいるか?』って、答えたんじゃねえか?」 ジタンの鼓動が熱を帯びて跳ね上がった。 燃え上がる氷、まさにそんな猛々しく鋭いブランクの視線の中に、陽だまりのような穏やかな光を垣間見たから。 長年つきあって来たが、まだ自分には知らないブランクの表情があったのだと思い知らされた。 そして――相棒だからこそ分かる、ブランクの今の返事――。 「ヤバ・・・肯定されちまった・・・」 ジタンは、自分の中からブランクに対する抵抗の意思が、急速に衰えるのを感じた。 「いっそ、単なる処理だって言ってもらえた方が、ふざけんなって殴って終わらせられたのにな」 「だから、言わなかったんだよ」 さらりと返された相棒の返事に、ブランクの意外な強かさを垣間見て、恋をすれば男も変わるのだろうかなどと、自称「プレイボーイ」のジタンらしからぬ初な感動を覚えた。 「で、お前は聞かなくていいわけ? オレの方の気持ちは?」 と、試すようにジタンは相棒に問いかけてみたが。 「必要ない」 「・・・自信家な奴だな! それとも、強引なだけかよ?」 「本気で嫌なら、いつまでも大人しく俺の下敷きになってねえだろうが」 「っ・・・」 すでに返答の余地は無かった。 観念したように、だが、ほのかな期待と好奇心にその心の旋律を早めながら、ジタンは静かに瞳を閉じた。 * * * 「痛ぇ・・・」 そろそろ夜の精霊達が穏やかな眠りにつこうという頃、一夜の嵐を迎え終わった少年は、その華奢ではあるが、見かけより遥かに鍛えられた腰を庇うように立ち上がろうとし―― 「・・・立てねえ・・・」 かくりと力なく大地に引き寄せられた。 「信っじられねえ・・・っ、こんなに痛いもんだったのか!?」 「・・・お前がいつまでも力を抜かないからだ・・・」 こちらも少し気だるそうに脱いだ己の衣服や武器をまといながら、ブランクは相棒の悲鳴にやり返した。 「ブランクが手加減しなかったからだろ! ああオレ、絶対トイレで死ぬぜこりゃ・・・」 「ヤワな奴だな。たった一度で根をあげるなんてよ」 「つっ込んでりゃいいお前と一緒にしないでくれ!」 このまま不毛な会話を続けているよりは、とブランクは思い出したようにジタンの荷袋から、諸悪の根源たる翡翠色の宝珠を取り出した。 その輝きは既に失せていた。 「とりあえず、魔力は引いたみたいだな。夜間限定なのか、それとも――」 想いを遂げたら効力が消えるのか、と言いかけたが、さすがに照れ臭かったのと、妙にキザに聞こえそうだったので、若い盗賊はその推測を喉の奥に押しやった。 「これ・・・タルミナのタヌキに渡さなきゃなんねえんだよな。効果を考えると少し気が引けなくもないな・・・」 夜明けの太陽の白い洗礼に宝珠をかざしつつ、ブランクは思案深げに呟いた。 「あ、それそれ! オレも考えたんだけどさ、ちょうどイイ方法があるぜ!」 悪戯っぽく瞳を輝かせた相棒に、ブランクは不敵な笑みを返して、 「ふ。もしかしたら、俺も同じことを考えてるかも知れないぞ」 と、義賊というよりは悪党の風情で、さも楽しげに応じた。 宝石箱を覗き込んだように散らばる満天の星に囲まれ、劇場艇プリマビスタの優雅な船影が、雄々しく夜風に乗っていく。 その船尾には縄梯子(なわばしご)が下げられ、二人の少年がそれに身をゆだねていた。 その手には、魔法封じの呪文がかけられた宝石箱。 さらに、その中には――迷惑な恋のキューピッドが眠っている翡翠色の宝珠が静かに輝いていた。 「まさか、ボスがオッケー出してくれるとは思わなかったな」 「おい、それはあくまで俺達しか知らないことだろ」 縄梯子にぶら下がっている少年はジタンとブランク。 タルミナ領主エインヘルからの依頼に沿って翡翠色の宝珠を献上した彼らは、その数日後、とって返して「盗賊」としてタルミナ王宮に忍び込んだのだ。 目当ては王宮の宝物庫に眠る五十余の国宝と、――媚薬効果のあると謳われる翡翠色の宝石。 タルミナを狙おうと進言したのは、勿論、彼ら二人。 依頼された仕事は果たしたのだから、もう義理は無いということだ。 空になったタルミナ城の宝物庫には、エインヘルから受け取った宝珠探しの礼金のみが、丁重に返却されて淋しく眠っていた。 「なんにせよ、これでアレクサンドリアも安泰だな。オレ達、国の英雄だぜ」 「俺は名声なんざ興味ないけどよ――この宝珠、どうするよ」 「うーん、オレには必要ないな。無くてもモテるし、そんなの使って女の子落としても意味無いし・・・」 ジタンは何気なくそう言ってブランクの顔を見ると、いつもにも増して仏頂面の相棒と目があった。 「あ、、もしかして妬いた?」 「・・・こういうことだ」 ブランクは不埒な言葉を次々に紡ぎだすジタンの唇を、縄梯子ごしに己の唇で塞ごうと顔を近づけた。 瞬間、無粋な突風が突然プリマビスタを襲い、悲しいかなそのあおりを食らった縄梯子は盛大に揺れ―― がつん。 ブランクとジタンは唇ではなくお互いの歯をぶつけて、その愛情を確かめあうこととなった。 「痛ってぇー!」 ジタンは口元を押さえて、傍らの自分とちょうど同じ動作をしていた相棒を睨んだ。 「なんっか最後までオレ達って、色っぽいコトしようとすると、痛いだけになってないか?」 「・・・盗みの技術だけでなく、そっち方面ももう少し練習しようか・・・互いにな・・・」 嘆息し、同時に肩を落とした二人の盗賊を、柔らかな夜風がからかうように吹き過ぎて行った。 −終わり− |
終わりました〜。って、Hシーン、入れるつもりでふっ飛ばしちゃいました(^^; ・・・イエ、あんなコト描こう、こんなコト描こう、と考えていたら、 なんと「後編」の長さに収まりきらなくなって(爆死)・・・。 でも、読み返してみると、これはコレで良かったかも・・・とも思ったり・・・(笑)。 このときの二人のHの模様(おいおい(^^;)は、「裏部屋」に別途、入れようかと思っています。 このお話では、お互いに「性行為は初めて」という設定になっているので、 初めて同士の戸惑いとか、ちょっぴりおバカさんなやりとりなんか描いてみたいです。 関係ないですが、このお話はちょうど、 同人誌で描いたブラジタ漫画に続く感じになっちゃいました。 けして意図したわけではないのに、こういう結果になったことは 何だか世界がつながったみたいで、ちょっぴり嬉しい逢月です(笑)。 |
BACK * 小説一覧へ戻る |