† 煌紅の旋律 −前編−





「道化師の月だ・・・」


 久しぶりに見た、と、その少年は宵闇のたゆたう天空を、『眩しそうに』見上げて呪文のように呟いた。
 夜空に気だるく喘ぐ夜半の紅月は、星の翳(かげ)りに深くえぐられ、さながらピエロの口元のように薄く笑んでいた。森が薄明かりに白く輝く、弓張り月の刻である。
「・・・すまないな。この姿になると、どうも・・・月とかさ、ちょっと魔性が入ってる? みたいなものが妙に恋しくなるんだ」
「今に始まったことじゃない」
 声をかけられた方の少年は、平然と、目の前の少年の嗜好を受け止めた。
 その身の内に密やかに、だが、確実に息づいている甘やかな鼓動を押し隠して。


 少年の名はブランク。苗字はない。この名でさえ、通り名であるかも知れない。
 なにせ盗賊に『本名』など、かえって邪魔なだけなのだから。
 年の頃、十七、八。燃えるような緋の髪に相反して、氷河のように鋭く、且つ悠然と構えた視線が野生の狼を彷彿とさせる。
 だが、何より印象的なのは、その鍛えられた体躯に走る無数の傷――縫合の跡が、年齢に見合わぬ修羅の過去を雄弁に物語っていた。


 片や、月が恋しいと吟じた少年の名はジタンという。
 いや、その姿は「少年」と呼ぶべきではなかった。
 紅い燐光をその身にまとい、闇間に浮かび上がる姿は、さながら獣の趣をたたえた小悪魔。
 煌めく紅玉の髪と肌。少年特有の筋肉の付ききっていない瑞々しい体躯は、ふさふさとした野生の象徴たる体毛に被われ、四足獣の如き両脚は、すらりと形良く大地に降り立っていた。
 そして――見る者を真紅の深遠に誘う、冥き赫き瞳。
 全てが、夜の女神か悪魔かが、戯れに地上に投げ打った紅い宝石のようだった。


「やっと追手を全部退治できたな、骨が折れたぜ。ま、オレがトランスしたら敵なしだけどな」
 蠱惑的な容貌に反し、無邪気に大きく伸びをして、太陽のようにジタンが笑んだ。
 己の長剣を背中にしまいながら、ブランクが不遜にやり返す。
「むやみにその姿になるなと言ってるだろう。後から必ず体力が低下して、ひどいときなんか、いきなり道端で寝ちまっただろうが」
「仕方ないだろ! 自分で制御できないんだから」
 言いながら、沸き立つ野生の鼓動を抑えつつ、ジタンはその身の変化を解いてゆく。
 紅の燐光は徐々に淡く消え行き、緋の髪や肌は本来の色を取り戻す。
 柔らかな金髪は月光の下、慎ましやかに輝いて、時おり紫がかる蒼い瞳は、朝露を湛えたかのように相対する者の心を浄化した。
 象牙というよりは真珠の如き温かみのある白い肌は、これも月の女神の洗礼により、ほのかな艶をまとっていた。


 ブランクは思う。
 気づきたくはなかった。
 気づいた自分が信じられなかった。
 同時に自分の盗賊としての審美眼を、評価したくもなった。
 盗賊として様々な宝物に出逢ってきたが、煌紅の獣に姿を変えた、ジタンが一番「美しい」と。
 俺もヤキが回ったな・・・と、自嘲気味にブランクは唇の端で薄く嗤(わら)った。
 初めてジタンと出逢ったときは、その女性めいた容姿に閉口したものだが、いざ行動を共にしてみると、性格は誰より男らしい。
 盗賊としての洞察力、行動力、決断力、仲間意識・・・どれを取っても、相棒としてジタン以上の逸材には生涯出逢えないだろう。
 彼とともに「仕事」をすることは、何より高揚感と充足感が得られる。
 口にこそ出さないが、ブランクは、戦友としてジタンに惚れ込んでいるのだ。
 そして、おそらくジタンの方も。


「それにしても、宝石一つ盗み出しただけで、こんなに魔物が追っかけてくるとは思わなかったな」
 ジタンは、先程忍び込んだ遺跡で入手した、翡翠色に儚く輝く小さな宝珠を取り出した。
 二人の周りは、つい先刻まで命を燃やしていた数多の魔物達の骸が取り巻いていた。
 ジタン達が侵した古代遺跡の「守護兵」どもの成れの果てである。
「妙な仕事(ヤマ)だぜ。遺跡荒しなんて、ここ一年ほどタンタラスは手をつけてなかったのによ・・・。これもあのタルミナ小国の王様が、この宝石をどうしても欲しいなんて抜かしやがるから」
 思案顔でブランクが掃き捨てた。
 タルミナ小国。
 若き領主エインヘルが治める大陸西方の辺境国家。
 軍備・資源等、けして力のある国ではないが、光の王国アレクサンドリアと、ごく最近、国交が樹立し、二週間後にタルミナ王の歓迎式典が催されるらしい。
 小国とはいえ、一国の領主が訪れるとあって、アレクサンドリアの城下町はにわかに活気づいている。
 ジタンがブランクの台詞を引き継いだ。
「しかも、自分の正規兵を派遣せずに、俺達みたいなはぐれ者に仕事を依頼すること自体、におうよな。この宝石だって金額にしても、たかが知れてるぜ?」
 ふう、と小さく一つ呼吸して、切り上げるようにブランクがまとめた。
「ま、俺達、下々のものには関係ない話だな。依頼内容の詮索はしないってのが鉄則だ」
「オレはそこまで、割りきれないんだけどね・・・」
と、ジタンは肩をすくめたが。
「何にせよ、早く帰ろうぜ。屍が霊を呼んじまう」
 かくして夜の森は、二人の不埒な闖入者の姿を包むように閉ざされた。

                                           −続く−



FF9プレイ日記の方で、ちょっと語った、
戦友としてのブランクとジタンのお話です。
この二人は何だか私の中で、ちょっとお互いに淡白なイメージがあって、
どうやってくっつけようか(笑)と悩んだ揚げ句、
このお話を描いています(^^)
次回か、その次で終わる予定です♪

余談ですが、この小説をポルトガル語に翻訳して下さった方が
いらっしゃいました。頂いたファイルは
ずっと大切に保管させて頂いていますv



 NEXT *  小説一覧へ戻る