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カラヤクランの新しい門兵・マイネに案内され、ハクヤとシュエリは族長ルシアの住居を訪れた。 ルシアの――族長らしからぬ素朴な作りが好感をもてた――館も先の戦争で焼け落ちたが、今は新たに建て直され、塗って間もない極彩色の染料の匂いが誇らしげにシュエリの鼻を刺激してくる。 マイネは、二人連れの旅人をルシアに引き合わせると、すぐに門兵の任へと帰って行った。真面目な性分なのか、慌てて駆けて行く。 「ようこそ、死したるハクヤ。息災そうで何よりだ」 肩上でばさりとそろえられた髪。女だてらに精悍なまなざしと、凛々しい口元が印象的な美しい族長は、およそ族長らしくなく昼食の用意などしていた。 扉をくぐって入り来たハクヤとシュエリは、その温かなスープの塩気の混じった匂いに突然、己の空腹を思い出した。 ハクヤは、久しぶりに会う親友の恩人を、頭の先から足の先までゆっくりと眺め、 「ルシアちゃんも元気そうで嬉しいよ。そのスープは、俺のために作ってくれてるの?」 と、懐かしそうな笑みを浮かべて挨拶と洒落を返した。 「はは。まさか。そちらの異国のお客人のために作っているのさ」 ルシアもハクヤの洒落に負けず、シュエリを見て切り返した。 実際、ハクヤとシュエリはいきなり訪ねて来たのだから、スープは一人分しかなかったのだが。 一人分。 つまり、“ヒューゴの分も無かった”のである。 ルシアは異国の少年に目を細め、声をかけた。 「懐かしいね。デュナン半島の戦場で会って以来か。自慢の棍さばきは健在かい?」 「手間のかかる連れを助けるために、否応なく上達しましたよ。ルシアさんはますますお美しくなられましたね」 にこり、と笑顔で応じるシュエリ。お世辞ではなく、ルシアは自慢の息子を授かってから、確かに美しくなったと思ったのだ。 「手間のかかる連れってのは誰のことだよ。こんなに世話を焼いてやってるのに」 「だったら、たまにはルシアさんみたいにスープの一つでも作ってよ」 男同士の二人旅。野宿になると、炊事はたいていシュエリの担当だった。 ・・・実際のところ、シュエリよりハクヤの方が料理上手であることは、かのシュエリびいきで料理の達人であるグレミオですら認めるところだったのだが、どうしてハクヤがシュエリに家事を任せるようになったのかは、ハクや自身の言葉を借りると“やっぱコイビトの手料理、食いたいしv“という理由からだそうである。 「もうワイアットの墓には行ったのかい?」 ジンバと言わないのがルシアの思いやりである。 「いや、まだだ。まずは生きてる友の顔を見たくてね。ヒューゴは?」 ハクヤは軽く部屋を見回し、少年の姿がないことを確認すると尋ねた。 これが、カラヤクランにハクヤが訪れた理由である。 先の五行の紋章戦争で新たな炎の英雄になったヒューゴは、その身にハクヤから譲り受けた真の火の紋章を宿した。 そのとき、ハクヤはヒューゴの人となりを認め、友と呼ぶようになったのである。 そして、戦争終結後、感情は豊かだが欲は乏しかった少年は、その絶大な力を持つ紋章をあっさりと元の持ち主に返したのだ。 再度ハクヤの手に戻って来た真の紋章には、ヒューゴの記憶も刻まれていた。 「ああ。ちょっと使いに出した。どこで道草を食っているのやら・・・」 ルシアは、道草というにはおおげさなほど表情を曇らせた。 「あいつの体の調子、変わったことはないか?」 「今のところは・・・ね。先のことは分からないが・・・」 真の紋章は、身に宿すと心臓のごとく所持者と融合する。ゆえに、それを外せば圧倒的な力の反動で、寿命を削ってしまう可能性が高いのである。 紋章と相性が良ければ良いほど、外した際に寿命を削る・・・あるいは、その逆である・・・諸説あるが、真相は定かではない。 ハクヤはヒューゴの身を案じて、ときどきカラヤの村に様子を見に来るのだった。 思慮深げに、シュエリが口を添える。 「テッドやシエラさんは、紋章を奪われても体に異常はなかったって言ってたし、ヒューゴ君も大丈夫じゃないかな」 シュエリの心遣いに、ルシアは一人の母の顔になって礼を言った。 「感謝するよ、お客人。ありがたい言葉のお返しに、昼飯でも馳走するとしよう。二人分を作り足すから、その間に墓参りにでも行って来たらどうだ?」 ハクヤは手を打って喜んだ。 男勝りではあってもやはり女。族長の料理は、ハクヤやシュエリにはできない細やかな香辛料の選択がきいていて実に美味なのである。 「悪いね。なるべく精のつく奴を頼む。小食の連れに、自慢のカラヤ料理で喝を入れてやってくれ」 「ハクヤが大食いなだけでしょっ」 「承知した」 苦笑しつつも、ルシアは快く応じた。 −続く− |
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