† 昼下がりの吸血鬼 −宴の後−



 へ? と、信じられない言葉を聞いたように、ジタンが硬直した。
「性交渉って、子孫を作ること以外の意味があるの?」
「いや・・・それは・・・」
「私に『人間らしくなれ』って言ったのはお兄ちゃんよ? だからこそ、真面目に教えて欲しいわ」
 真剣な眼差しで正面から詰め寄られれば、ジタンに抗う術は無かった。
「ええと・・・」
 クスクスと面白そうにクジャが追い打ちをかける。
「ジタン、可愛い妹の真剣なお願いだよ。これを聞いてあげなきゃ、兄の名が廃るよ?」
「オ・・・、オレが教えなくても、いずれミコトにも分かるって・・・」
「じゃあ、クジャ兄様に教えてもらうわ」


 クジャは少々目を見開いたが、飄々(ひょうひょう)と問い返した。
「それは・・・僕にミコトを抱けと言うの?」
「それが一番、合理的だと思うのだけど」
 平然と言ってのけたミコトに、ジタンは慌てて
「だだだ、駄目だ――――ッ!! そんなことしたら、かえってセックスの意味なんて分かんなくなるぞ!! いや、それより何より理屈じゃなくって、ミコト、お前の大切なのを、こんな生臭坊主にくれてやったら最悪だ!! 一生を棒に振るぜッ!!」
「・・・言ってくれるねジタン。見損なわないでくれよ。大切な妹に手を出すほど、僕は落ちぶれちゃいないよ」
「・・・じゃあオレは? 大切な弟じゃないわけ?」
「君は僕の大切な小鳥」
「その差がよく分かんないんだけど」
 あからさまに不審な目を向けて、ジタンが溜め息をつく。
「・・・・・・その差は・・・『人間らしさ』から生まれるのね?」
 ミコトが我知らず突いた真理。
「――そう・・・だよ」
 温かな眼差しをミコトに返したクジャの態度は、穏やかな『兄』のものだった。
 どうやら、クジャにも『人間らしさ』がより強く生まれてきているらしい。


「ミコトには容赦なく優しいよな、アンタ。オレにも少々その思いやりを向けて欲しいぜ」
「その台詞、そのまま君に丁重にお返しするよ。君こそミコトに向ける懐の大きさを、僕にも贈って頂きたいものだ」
 二人の軽口のやり取りを聞いて、ミコトが素朴な問いをした。
「兄様と、お兄ちゃんは、『愛』しあっているの?」
 ジタン、再び硬直。
 クジャ、再び目を見開いて――
「うーん、ジタン、君はどう?」
「ん、んなわけあるかよ!」
 一瞬のためらいのうち、即答した。
「そういうアンタはどうなんだ?」
「僕は――そうだね・・・。ジタンのことを――」
 一呼吸おいて、クジャが続けた。


「殺したい、かな」


 ジタンがドキリと、小さくその身を震わせた。
「ジタンはね、僕の存在意義の崩壊の象徴だ。今でも、その白い首筋に手をかけたいって虎視眈々と狙ってるんだよ。
 でも――」
 溜め息をひとつ。自嘲気味に。
「出来ないだろうね、現在も過去も未来も。君をガイアに捨てたあの日にもう答えは出ていた。僕には君を殺せなかったから。
 それでも、やっぱり壊したいんだよ、君を。
 だから、その衝動を抱くという行為に置き換える。『保護本能と破壊衝動の双方を同時に満たし』てくれるのは、『抱きしめて貫く』というセックスだけだろう?
 これを憎しみと呼ぶか、屈折した愛情と呼ぶか、それは人しだいだね」
 心なしか、クジャの長いまつげの奥の瞳が、淋しげな光を湛えている。
 少し力を込めれば弦が切れてしまいそうな竪琴の風情を宿した兄の独白を聞いて、ジタンは眼を伏せた。
「・・・やっぱアンタ、悪党の素質あるぜ。だって――」
 一筋、ジタンの忘れな草色の瞳から雫がこぼれた。
 それを隠そうともせずに、ジタンは言葉を続けた。
「今の、オレにとっちゃ、最悪で最高の口説き文句だった」


 クジャが驚いたようにジタンを見た。理解してもらえるとは、正直、思っていなかったのだ。
「ほだされた? ・・・じゃあ、君のこと食べさせてもらおうか?」
 悪戯っぽく腕を取り、ベッドに招いて、己の胸元に引き寄せた。
「・・・それは・・・それは駄目。アンタだって、同情心で相手してもらいたくはないだろ?」
「動機はなんであれ、今、君のこの美味しそうな躯を頂けたらこの上なく嬉しいけど」
 さっきの淋しげな風情もどこ吹く風。
 獲物を凄絶な艶で魅了する、悪魔か吸血鬼の銀色の眼差しが、ジタンの瞳を捕らえる。
 この眼に捕らえられると、逃れられないことがジタンには分かっていた。
「・・・・・・これが無きゃ、結構イイ男だと思うんだけどな・・・アンタ・・・」
 がっくりと肩を落とすジタン。
 傍らで、ミコトが勤勉家の眼差しで、二人のやり取りを見ている。
「・・・分かったよ。今回はオレの負け。どうとでも好きに嬲ってくれ」
「嬲りはしないけど・・・ギャラリーに見られるのは覚悟してね。そういう約束だから」
「見てて楽しいもんじゃないと思うけど・・・ミコトの勉強になるなら・・・まあいいか・・・」
 ジタンは溜め息をひとつついて、ベッドに横たわり諦めたように眼を閉じた。
「邪魔しないようにするわね」
 そう言ったミコトの瞳も悪戯っぽく輝き、それはまさにクジャと同じであったことは、ジタンには分からなかった。

        *   *   *

 後日。ジタンが黒魔道士の村を出た後。
「もう、病気のフリはやめても良いのではないかしら、兄様?」
 ミコトが、ジタンが置いていってくれたドレスを整理しながらクジャに問うた。
「ジタンお兄ちゃんを簡単にベッドの脇まで呼べるって、それだけの理由で病人の真似して・・・。
 あの晩、ザザもゾゾもダダもミミも・・・ビビ・ジュニア達のほとんどが興味津々で、兄様とお兄ちゃんの行為をこっそり見ようとやってきて・・・追い払うの、大変だったわ」
 クジャは身軽にベッドから立ち上がって、優雅に伸びをした。
「アハハ。黒魔道士達も、人間の少年のように性的なことに興味があるんだね。ちょっと嬉しい発見だな」
「そうね、皆どんどん、人間らしくなっていく。こんなことに喜びを感じるなんて――きっと、私も人間くさくなってきているんだわ」
 ドレスをたたむ手を止めて、遠くを見るように振り仰ぐ。
「いい傾向だよ・・・。その方がきっと、人生が楽しいからね」
「でも!」
 日頃の大人しいミコトにしては意外な元気の良い声。
「賭けは私の勝ち。ジタンお兄ちゃん、私の前で達したもの」
「予想外だったね〜、絶対、堪えるって思ってたんだけど。思ってた以上に敏感な躯なんだね、彼は」
「賭けに勝ったら、綺麗なドレスでも買ってもらおうかと思っていたんだけど、その必要無くなっちゃった」
「じゃあ、ミコトに似合うティアラでも買ってあげるよ」
 クス、と二人の兄妹は、小悪魔のように軽く笑んだ。
 どうやら、次兄が思っている以上に、長兄と末妹は限りなく人間に近くなっているようだった。



                                           −終わり−


・・・どういうお話なんでしょう(^^;
クジャとミコトの、ジタンに対するスタンスを
明かにしたいな〜なんて思って描き初めたら、
変な方向に・・・(笑)。
ストーリー的な技などをほとんど含まない、
ごく簡単な物語です。
話も単純なので、日記みたいに読んでやって下さい(^^ゞ


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