† 昼下がりの吸血鬼 −宴の前−



 枯れ果てた琥珀の森の奥深く、密やかに息づく黒魔道士の村。
 ジタンに、あわやというところで救われたクジャは、ここに身を寄せ体力回復を待っていた。
 勿論、黒魔道士達にはクジャに対する様々な想いがあったが、結局「クジャも他人の用途のために作られた人形」だという事実が分かって同族意識が芽生えたこと、またビビが死のまぎわに、「争いは嫌だ」と言い残したこと等の要因から、さしたるトラブルもなく、同じこの村で過ごしている。


 クジャ。そして、ミコト。
 テラの「管理者」ガーランドによって産み出された、テラ人復活のための器であり、尖兵。
 長兄クジャ――煌めく銀の髪を滝のようにまとい、抜ける白い肌は、まさに女も羨む象牙。長いまつげが陰を落とす銀紫の瞳も涼しげに、悟りを開いた聖者さながらの、時と闇と記憶を見通す眼差しには、野望に恍惚と身を置いていたかつての冥(くら)き餓えた光は微塵もなかった。
 末妹ミコト――ガーネットを百合の美姫と謳うなら、ミコトは白木蓮の天使。陽光に輝く金の髪を短くまとめ、エメラルドとサファイアを足して二で割った明るい蒼の瞳は、どこかいつも遠くを見つめているような、清浄の光をたたえていた。
 ジェノムの生き残りとして、いち早くこの村に住むことになったミコトは、白魔法に長けていたがために重宝され、また、ジェノムの中でもその「絵本に出てくる金色の天使さま」のような清楚で気高い美貌が際だっていたことから、すぐに黒魔道士達の人気者となった。
 ちなみに、前述のミコトの容貌を表現した台詞は、ビビのものである。
 楽園を創る――志なかばで敗れた夢を追いつつも追いきれない幼い彼女が、その夢は決して自らが求めたものではなく、他者によって求めさせられたものだと気づくのは、まだ先のことである。


 今日も今日とてミコトは、まだ体力が回復せずベッドに横になったままのクジャの世話を続けていた。
「病床の美貌の兄を見守る、薄幸の美少女の図、って感じかなあ」
 いささか不謹慎な軽口にミコトが振り返ると、両手に大荷物を持ったジタンが、器用に取っ手を尻尾で回し、足でドアを開けて入ってくるところだった。
 次兄ジタン――少女のあどけなさが残る中性的な容姿は、持前の精力的な仕種に影響され向日葵(ヒマワリ)のような煌めきを放っていたが、紫水晶を秘めた二重の眼差しをよく覗き込むと、その容貌が極めて艶(つや)やかで蠱惑的な小悪魔さながらということが分かる。
 おそらく、何もせず言葉も発さず、ただそこに座りだけして、少年なら当たり前の元気の良さを押し隠せば、雄にとって至上の獲物になること請けあいの容貌だった。


「ジタン、久しぶりだね」
「ジタン・・・お・・・兄ちゃん」
 兄、と呼ぶミコトの言葉に、まだ照れが残っている。
「サンキュ♪ そう呼んでもらえると、・・・タンタラスとは違う、本当の肉親が出来たみたいで嬉しいぜ」
 どさどさと荷物を置く。
「クジャも元気か?」
「・・・君はミコトには自分のことを兄と呼ばせるのに、僕のことは兄さんと呼んでくれないのかい?」
「いいオトナが何、甘えてんだ」
 ジタンが持ってきた荷物を次々にほどいていくと、中からシルクやレース、精緻な刺繍の施された色とりどりのドレスが飛び出し、部屋の一角が一面花畑のようになった。
「何なの? それ・・・」
 怪訝な声でミコトが尋ねる。
「戦利品」
 盗賊として働いた「正当な」報酬の山であった。
「ちょっと仕事で近くまで来たもんだからさ、ボスに頼んでオレだけ降ろしてもらったんだ。帰りは自力で帰って来い、なんてケチなコト言われてよ!
 それじゃあ代わりにってんで、今回のお宝からミコトが着られそうなドレス、したこま頂いてきた♪」
「・・・盗品に価値は無いわ」
「そう言うなよ。いわゆる悪い貴族からしか盗んでねえから」
 二人のやり取りを聞いていたクジャが、上半身をベッドから起こして、いたずらっぽく笑って割って入った。
「ミコト、安心しなよ・・・。ジタンが可愛い妹に、人から奪ったようなものを着せる真似、すると思う?
 おおかたトレノ辺りで買ってきたんだよ。照れ隠しに、盗んだなんて言ってるだけさ」
「・・・そう・・・なの?」
「う・・・っ、いきなり見破るなんて人が悪いぜ。オレの兄としての威厳がだな・・・」
 ジタンが頭をかきながら照れ臭そうに批難すると、
「君のことは何でもお見通しなんだよ。じゃあ、僕へのプレゼントも当ててみようか?」
と、相変わらず微笑を湛えたまま、ゆうるりと返される。


「・・・当ててみろよ」
 挑戦的に切り返したジタンの瞳を正面から見つめ、さらりとクジャは言ってのけた。
「君のからだ」
「だ――――ッ! んなワケあるか――っ!」
「だって、そろそろ我慢できなくなった頃だろ? イーファの樹で君と戦ってから1カ月ほどご無沙汰だし」
「その、あたかも今までに関係があったかのような言い回し、やめてくれ! ミコトが誤解するだろ!」
「そんなに照れることないのに」
「ジェノムにとって性交渉は意味をなさないわ。生殖機能が無いんだもの」
 大真面目にミコトがなげかけた疑問を聞いて、一瞬ジタンとクジャが興ざめしたかのように押し黙った。


 厳かにクジャが告げる。
「子孫繁栄だけがセックスの意義ではないんだよ」
「てめえが言うと、アヤシイ新興宗教の開祖が、自分の欲望を正当化するために演説してるように聞こえるぜ」
「何と言われても一向に構わない。これが僕の真理だからね。
 君の躯だって、僕の指と唇がひとたび触れれば、野暮な理屈なぞ夜闇のヴェールの彼方に旅だってしまうだろう?」
 分かったような分からないような、真理のような、単にえっちぃ口説き文句のような台詞を、実に爽やかな笑みで言うクジャは、やっぱり生臭坊主のようだとジタンは感じた。
「性感帯に触れられれば、肉体が反応するのは当然でしょ?」
 人として生きるより、人形として活動していた年齢の方が多いミコトは、いまいち性的な感動に理解が無い。
「うーん・・・、実際にはそうでないことを、今ここで証明してあげてもいいけど・・・。ジタン、協力してくれる?」
「病人は大人しく寝てやがれ!」
 憮然とそっぽ向いたジタンは、持ってきたドレスを物色しつつ、この辺なんてミコトにピッタリだ、などと呟きながらより分けている。
 そのとき、不意に愛する妹が真摯な声で言った。
「・・・知りたいわ、お兄ちゃん」



                                           −続く−


すみません、単に量的な問題でここで切ってます(><)
あまり下にだらだらと続くと、読みづらいかなと思ったので・・・
意味もなく続いちゃってます(^^;
次のページをどうぞ(^^)



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